TOP INTERVIEW 住友電気工業が推進する“五方よし”の極意とは

株主資本主義の弊害排す 松本正義会長に聞く

住友電気工業は、株主だけでなく、従業員や顧客、取引先、地域社会を含むすべてのステークホルダー(利害関係者)を重視する「五方よし」を掲げている。現在進行中の「中期経営計画2025」では、それぞれのステークホルダーに対する還元・配分の目標を定量的に示し、経営陣の責任を明確化した。近江商人の「三方よし」や住友グループの「住友事業精神」など、関西の経済界には「五方よし」に通ずる公益を重視する経営哲学が古くから根付いている。なぜ今、改めて「五方よし」が重要なのか。関西経済連合会の会長でもある、同社の松本正義会長に聞いた。

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株主以外のステークホルダーにも公平に利益を

――住友電工は、すべてのステークホルダーに公平に利益を分配する「五方よし」を推進しています。

「五方よし」とはマルチステークホルダー資本主義のことで、株主の利益を最大化することを目的とする「株主資本主義」の対極にある考えです。関西の経済界には昔から、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の精神がありますが、それを現代流に言い換えたのが「五方よし」です。

株主資本主義の本家本元である米国では、近年その弊害が明らかになってきました。短期的な利益を追求する強欲な経営者が幅を利かせた結果、貧富の差が激しくなり、ポピュリズム(大衆迎合主義)や社会の不安定化が問題になっています。こうした状況を受けて2019年、米主要企業の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルは、顧客、従業員、取引先、地域社会、株主という5つのステークホルダーを重視するという声明を発表しました。株主資本主義の権化ともいえる米国の経営者が、「五方よし」の方向に変わりつつあるのです。

翻って我が国を見てみると、1980年代以降、労働者の賃金は横ばいで、企業の設備投資は伸び悩んでいます。増えているのは配当と自社株買いという株主還元ばかり。関西の経済界が長年培ってきた精神とは逆方向です。米国型の株主資本主義の影響は明らかで、ここで「五方よし」に立ち返らないと日本もポピュリズムに陥り、社会が不安定になってしまうという危機感があります。

図zマルチステークホルダーキャピタリズム

数値目標を明示、配当性向は40%

――「五方よし」の経営とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

2017年に関西経済連合会の会長に就任してから、「五方よし」を関西経済界の経営方針として実践していこうと呼びかけています。とはいえ、定性的な理解にとどまらず、実行していくには定量的な指針が必要です。まず隗(かい)より始めよということで、住友電工は2025年までの中期経営計画で、各ステークホルダーへの還元・配分の目標をできるだけ具体的な数値で明記しました。数字で示すことにより、経営陣の責任を明確にしました。

まず従業員に対しては、インフレ率プラスアルファの賃金引き上げを目標として定め、労働組合にも宣言しました。日本経済が長らく停滞を続けてきた原因は国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が落ち込んでいたからです。物価上昇率を上回る実質の賃上げが実現されれば、消費も上向くでしょう。地域社会に対しては、税引後利益の1%を目安に社会貢献活動に拠出すると明記しました。天神祭りや大阪マラソンをはじめ、文化・芸術やスポーツ、環境保全など広範囲にわたって寄付を行っています。「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」に向けても、チケットを30万枚購入するなど大きく貢献しています。

株主もないがしろにはしません。配当性向は40%を目安とします。上場企業の平均が30%程度ですから、かなり高い水準です。2023年度には年間77円を配当、配当性向は40.1%と前年度から5.5ポイントの増加、配当総額は601億円と200億円以上を増やしています。

フォト:松本正義氏

目先の利益に走らない持続可能な経営

フォト:松本正義氏

――「五方よし」を進めていくにあたって、一番の課題は何でしょうか。

「不趨浮利(ふすうふり)」、目先の利益や安易な利益追求に走らないということです。住友グループには、17世紀半ばに住友家初代の住友政友がしたためた商いの心得「文殊院旨意書(もんじゅいんしいがき)」を源流とする「住友事業精神」が受け継がれています。キーワードは「萬事入精(ばんじにっせい)」、「信用確実」、「不趨浮利」の3つで、「五方よし」に通ずる経営哲学です。「萬事入精」とは、「すべてに誠心誠意を込める」という意味で、一人ひとりが単なる金もうけに走ることなく、人間を磨き立派な人格を醸成することを説いています。住友グループの主力企業の社長は、住友家の家長さんから「文殊院旨意書」の写しをもらい、これに基づいて経営することを求められます。私の部屋にも置いてあり、これを見ながらラジオ体操をするのが私の日課です。

住友事業精神から外れたために大きな痛手を負った苦い経験があります。2009年に光ファイバーケーブルなどを巡るカルテルが発覚し、収束までに7年を費やしました。住友事業精神を順守していればこのようなことは起こらなかったはずです。風雪に耐えてきた歴史あるグループの事業精神には意味があると改めて肝に銘じました。経営には変えるべきものと変えてはいけないものとがありますが、住友事業精神はまさに変えてはいけないものです。これを守ることが、企業のサステナビリティー(持続可能性)にもつながるのです。

経営者は自身の倫理観に基づいて経営を律する必要があり、その基本は「五方よし」です。株主の歓心を買おうと、安易に株主配当を増やしたり、自社株買いをしたりするべきではありません。ストックオプションで巨額のボーナスを手にし、高価な服や靴を身に着けて遊んでいるような経営者では、多くの従業員を統率できません。私は住友電工グループで働く約29万人の従業員すべてに幸せな会社生活を送ってもらいたいと思っています。シェアホルダー(株主)の皆さんも同様です。住友財閥を形成してきた先人たちは質素でした。高給をもらうよりも、社会に貢献している、会社の人たちが幸福であればいいと思ってきたのです。

フォト:文殊院旨意書

住友家に伝わる「文殊院旨意書」

17世紀半ばに住友家初代、住友政友が書き記した商売の教え。「商いごとはいうに及ばず候えども、万事精に入らるべく候」という「萬事入精」に始まり、5カ条の心得を示した。住友家に代々受け継がれ、現在は「住友事業精神」として住友グループ共通の経営理念になっている。

(住友史料館所蔵)

日本人には日本人の資本主義がある

――資本市場では、株主を重視すべきだとする声が強くあります。

学生時代の恩師、都留重人先生と吉永栄助先生から、実業界に行くのなら「キャプテンズ・オブ・インダストリー」を忘れてはいけないと教えられました。トマス・カーライルというビクトリア朝時代の英国を代表する批評家が記した「過去と現在(パスト・アンド・プレゼント)」の一章のタイトルで、公益資本主義につながる考えです。営利至上主義の弊害を排し、人間愛をベースにした経営騎士道が基本で、住友事業精神にも通じます。役員になるとき、この方針で行こうと心に決めました。社長として、会長として、非常に重要視している考え方です。

早稲田大学の広田真一教授の研究によると、資本主義には経済の効率性を重視するリベラル・マーケット・エコノミー(自由な市場経済、LME)と社会の平等性を重視するコーディネーテッド・マーケット・エコノミー(調整された市場経済、CME)の2つのタイプがあります。米英などLMEの企業は株主第一の傾向があり、欧州に多いCMEの企業はステークホルダー重視の傾向が強いそうです。日本は本来CME型ですが、2000年代以降は株主を重視した経営を行うべきだという議論が盛んになっています。米国追従の風潮がありますが、日本人には日本人としてのやり方があると思います。

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