住友電工の1枚──あの日、あの時

1964 シンコム衛星用パラボラアンテナの採用

東京五輪の盛り上がりを支えた技術

1964年、アジア地域で初めて開催された東京五輪。戦災からの復興の象徴として世界から注目を集める大会の実施に向け、急ピッチで準備が進められました。

その一つが五輪開催に向けた交通基盤の整備。空港から競技場を結ぶ高速道路「オリンピック道路」、空港から都心までを結ぶ当時世界最長の「東京モノレール」、そして世界初の高速鉄道「東海道新幹線」など、日本の経済成長を支える交通基盤が建設されたのです。これらの建設には、当社製PC鋼棒や当時当社が実施権を持っていたディビダーク工法*が採用され、製品の製造や工事に取り組みました。

また、当時期待が大きかったのが、リアルタイムで世界にその感動と興奮を伝えること。日本電気(株)のアンテナに当社が開発したシンコム衛星用パラボラアンテナが採用され、世界中の人々の夢と希望であった五輪の衛星テレビ中継が初めて実現したのです。

当社は、さまざまな技術と製品で当時の東京五輪の盛り上がりを支えました。

* ディビダーク工法:ドイツのDyckerhoff & Widmann社が開発したコンクリート橋の架設工法で、当社が1958年に日本に導入