照射架橋装置を格納する建屋。左より1号機、2号機、3号機。住友電工ファインポリマー(株)
1950年代、放射線照射による架橋現象が発見されて以降、国においても放射線(主に電子線およびガンマ線)の工業利用への検討が開始された。住友電工グループは、通産省(当時)の技術系キャリアを招聘するなど、照射架橋の研究に着手。それは高分子材料に電子線を照射し、架橋結合によって、耐熱性、耐摩耗性、耐油性、耐薬品性等の特性を有する新素材・新製品の開発を目指すものだった。研究部門に照射架橋装置を開発する「応用物理研」と照射架橋応用製品の探索を担う「商品開発課」が発足。「応用物理研」のスタッフは照射架橋装置の開発を検討する中、当時、コンデンサメーカーとしてその技術力が高く評価されていた日新電機に共同開発を打診、両社による照射架橋装置の開発がスタートした。1957年のことである。照射架橋装置はEPS(Electron beam Processing System)とも略称され、高真空中で高電圧によって加速させた電子を大気中に取り出すもので、この加速電子を高分子材料に当てることで架橋結合という化学反応が引き起こされる。照射架橋は熱や化学薬品を用いる他の架橋法に比べて、高速(秒単位)架橋が可能であり、架橋できる材料の制約が少ない、環境負荷が低いなどの長所を有していた。
照射架橋は、高電圧技術やビーム工学技術、高真空技術などの複合技術で構成されている。それら高い技術的ハードルをクリアして、大阪府(熊取町)の工場に1964年、商業生産用電子線加速器第1号機が設置された。種々の高分子材料に電子線を照射して架橋結合による改質・改良の基礎研究、製品開発が進められた。しかし開発当初から懸念されていたことがあった。それは電子線加速器の設備コストが決して小さくないことであり、そのため、経済性を満たす生産性向上や商品開発は喫緊の課題だったのである。
「照射架橋の事業は、まず架橋結合というシーズが先行したものであり、シーズありきでニーズ発掘が始まった部分が少なくありませんでした。そうした中、我々が取り組み、現在に続いているのが独自の材料配合技術による高付加価値製品群の開発です。この材料配合技術こそが、照射架橋製品を世の中に拡大し、また他社と差別化する大きな要因の一つとなっています」(エネルギー・電子材料研究所長・早味宏)
早味の言葉が示すように、以後、住友電工グループは照射架橋技術応用の商品開発へ、日新電機は装置そのものの改良・改善へ、役割を分担していくことになる。住友電工グループは、照射架橋させた製品に「イラックス®」という商標を登録し、研究用電子線加速器で、イラックス® 電線やイラックス® チューブ、イラックス® テープ、熱収縮チューブ「スミチューブ®」を相次いで商品化した。一方で、照射架橋ポリエチレンはうどんの包装袋にも応用され、食品包装の先鞭を付けるような商品開発も進められた。こうした市場の評価を踏まえ、熊取に商用照射架橋装置を新設、本格的な工業生産が開始されたのである。
時代は高度経済成長期を迎えていた。その牽引役となったのが家電・情報機器などのエレクトロニクス業界と自動車業界であり、それが住友電工グループの照射架橋事業が飛躍する契機となった。テレビやエアコン等の家電製品をはじめとする電子機器の内部配線は、耐熱性の高い電線が要求されるようになり、照射架橋電線は重要な役割を果たした。安全性の観点から電線ケーブルの難燃性、耐熱性、電気絶縁性等が求められる中、住友電工グループは市場ニーズに合致した架橋電線を供給、高い評価を獲得した。自動車は、高機能化に伴いエンジンルームや各種センサーにおいて高い耐熱性や耐油性が求められた。車内に張り巡らされる電線を束ねたワイヤーハーネス。そこに適用される電線の約10%が架橋PVC(ポリ塩化ビニル)や架橋難燃ポリエチレン電線であるが、PVCを架橋できるのは照射架橋のみであり、架橋PVC電線は自動車用ワイヤーハーネスの耐熱電線として広く採用されるようになった。自動車分野で特筆すべきは、ABS(Antilock Brake System)のセンサーケーブルだ。これは車輪の回転速度を検出するセンサーからの電気信号をエンジンコントロールユニットに伝送するケーブルであり、タイヤハウス内の厳しい環境に配線されることから、照射架橋により信頼性を高めたポリウレタン樹脂を外皮に適用。自動車の安全性能を高めたABSの誕生を、住友電工グループの架橋電線がサポートした。また熱収縮チューブは電線端末の絶縁処理、電力ケーブル端末の電界緩和、ワイヤーハーネスの接続部や分岐部等の防水処理、自動車用等の防食保護など幅広い用途で使用されてきた。照射架橋はその黎明期を経て、時代のニーズに応じてタイムリーに製品を提供し、日本の基幹産業ともいうべきエレクトロニクスと自動車両業界の発展を支えてきたのである。
一方、照射架橋装置は日新電機において、様々な改善が進められてきた。
「要請されるお客様のニーズに対応し、照射架橋装置も進化を遂げてきました。高出力化を進め、1989年には5MVの世界最大の電子線加速器を生み出し、また生産性向上に向けた付帯設備の工夫や装置自体の小型化、メンテナンスの軽減、長寿命化などの取り組みは、現在も進行中です。我々の装置と住友電工グループの商品開発、そのコラボレーションで市場形成の一翼を担ってきたと思います。この緊密な関係を保ち、次代に向けて新たな照射架橋のフィールドを拡大していきたいと考えています」(日新電機 常任顧問・星康久氏)