農地に設置された風車
青森県の西北部に位置するつがる市――日本海に面し、広大な津軽平野が開け、一大穀倉地帯が形成されている。つがる市を含む青森県西部から南は秋田県、北は北海道に至る日本海沿岸地域は、年間平均風速が7.0m/秒を超え、風力発電に最適な場所とされている。ここで展開される風力発電事業がウィンドファームつがる風力発電事業(発電所名称:ウィンドファームつがる)である。メロンロードと呼ばれるつがる市の広域農道沿い、南北約10kmの広大なエリアに、国内最大規模となる総数38基(北サイト21基、中サイト5基、南サイト12基)もの風車が配置され、2020年4月より商業運転を開始している。
本事業の始まりは、およそ10数年前にさかのぼる。当時は日本の再生可能エネルギーの黎明期であったが、その将来的な可能性に着目し、つがる市にアプローチしていたのが、(株)グリーンパワーインベストメント(以下、GPI)である。GPIは2004年の創業より一貫して再生可能エネルギー事業の開発、建設、運営を推進。日本の再生可能エネルギー業界の形成に尽力した先駆け的存在だ。着工準備中を含め全国8カ所で再生可能エネルギー事業を展開する他、数多くの新規案件を計画している。GPIがつがる市に着目した理由を、同社の専務執行役員で事業開発本部副本部長の三橋慶之氏は次のように語っている。
「風力発電開発に取り組む事業者が、事業の蓋然性(がいぜんせい)を見極める最大の要素は風です。事業性を確保する上で、電気を作り出す風力は事業を大きく左右します。したがって、風の強さ、向き、風の質などの条件がそろった好風況地とされる青森県、秋田県、北海道の日本海沿岸は、GPIのみならず多くの事業者が注目するエリアです。特につがる市は日本でも有数の好風況地。多くの再生可能エネルギー事業者が風力発電事業への意欲を示していました」(三橋氏)
風力発電事業は、風況の確認、用地の確保とともに「送電線を連系させる(系統連系)権利の獲得」から動き出す。風力発電で生まれた電気を届けるためには、電力会社のネットワークを使って送電する必要があり、その権利を獲得しなければ、風力発電を事業として成立させることはできない。系統連系の権利取得手順は、時代によりさまざまな手法がとられてきたが、当時は抽選により選定されており、これに当選したGPIが、つがる市における風力発電事業を推進することが決定した。GPIの構想は、38基の風車で、総出力121,600kW(約120MW)の発電を行う国内最大の陸上風力発電所の建設だった。この発電量は、約9万世帯分の電力を賄うことができる規模である。GPIが電力会社との系統連系の権利を確保したのは、東日本大震災が発生し、再生可能エネルギーの導入、活用の機運が高まった2011年だった。さらに2012年7月から始まった固定価格買取制度(FIT)は、国内における再生可能エネルギーの導入・活用に大きく弾みをつけるものとなった。
事業の立ち上げ当時は食糧供給や国土保全等の観点から、農地を他の事業地として利用することは許可されていなかったが、つがる市、GPIを含む再生可能エネルギー事業者は、諦めず国に対する働きかけを続けた。そして、送電線の利用権獲得から3年後、再生可能エネルギーが農山漁村地域にもたらす貢献等が認められ、ついに法律が制定され、農地転用への道が開かれた。これが、新たに制定された「農山漁村再生可能エネルギー法(農林漁業の健全な発展と調和のとれた再生可能エネルギー電気の発電の促進に関する法律)」である。農林漁業との調和を図りながら地域の資源を再生可能エネルギー事業に活用し、売電収益の還元を通じ、農山漁村の活性化に結び付ける仕組みづくりを目的としている。
「この法律の制定により、プロジェクトは本格的に始動しました。中でも、私たちが最も重視したのは地域住民の皆さまの理解を得ることであり、そのため地域とのコミュニケーション、連携に力を注ぎました。GPI単独ではなく、つがる市と共に事業を進めるという方針は、着手から発電開始、現在の運用フェーズに至るまで、変わることのない私たちの考え方です」(三橋氏)
GPIの意向を受けてつがる市も積極的な対応を見せた。2016年に「つがる市再生可能エネルギー基本計画」を策定、これまで使われることのなかった風という地域資源を有効活用し、地域の活性化および自律的発展と再生可能エネルギーとの共存を図っていくことを基本方針とした。同時期に発足した「つがる市再生可能エネルギー促進による農山漁村活性化協議会」の会長で、現在つがる市長を務める倉光弘昭氏は、風力発電事業への期待を語る。
「風力発電所の存在は、雇用の確保や税収のアップが期待されます。加えて、GPIの事業においては、収益からの協力金による一次産業の振興など、つがる市に大きなメリットをもたらすものでした。事業実施においては、住民との調整が一番重要だと考えますが、GPIは風車設置区域の土地所有者に事業を理解していただき、土地借用を依頼するなど、風力発電所着工に向けた地域の方々の同意を得るプロセスを全部自分たちでとりまとめていました。地域に根差して着工準備を進める様子からも、信頼に値する事業者だと判断したため、私たち行政側では、協議会*を立ち上げ、農地転用に向けた当局との折衝等を進めました。全国各地で再生可能エネルギー導入が進んでいますが、20年の長期間にわたり協働するに値する事業者かどうかを見極めることが重要だと考えています」(倉光氏)
こうして、発電所建設に向けたGPIの準備は着々と進んだ。
*農山漁村再生可能エネルギー法に基づく協議会