決して妥協しない。「3456心ケーブル」の開発者たち
左から 技術部 開発グループ長 佐藤文昭 ケーブル製造部 ケーブル生産技術グループ長 高橋建 技術部長 天野亜夫
ケーブル製造部 ケーブル生産技術グループ 主査 平間隆郎 技術部 技術グループ 主席 高見正和
多心化とは「多心線化」のことだ。髪の毛ほどのガラス繊維に、薄く樹脂被覆を施した通常外径0.25mmほどの光ファイバ心線を、先にも述べたように必要心数を撚り合わせ、頑強なプラスチック被覆を施した製品が光ケーブルである。言うまでもなくケーブル内に心線を高密度に収納できれば、それだけ大容量が実現することになる。かつては、光ケーブルの平均的心数は100心レベル、多心化先進国である日本でも恒常的に使用される最大心数は1000心程度。これまでは、同じ心数の中でケーブル外径を細くすることに注力し高密度化を実現、技術を蓄積してきた。そしてここへきて、光ケーブルに新たな顧客層が登場、そのニーズも従来とはまったく様相を異にするものだった。始まりは2014年冬。現在、米国市場における光通信事業の戦略拠点であるSEL(SumitomoElectric Lightwave Corp.)の社長を務める鈴木叙之は、当時、日本の光通信事業部で多心化や新たなケーブルの技術開発を進めていた。鈴木がSELから受け取った顧客ニーズは「データセンタで使い勝手の良い、多心ケーブルを求めている」というもの。当時、米国のケーブルは864心が最多であった。
「なぜ多心化が必要なのか。聞けば、データセンタが急速に拡張して、ケーブルを敷設する管路が足りないということでした。彼らにとって、限られた管路にファイバを高密度で収納することが喫緊の課題だったのです。そこで我々は1152心の試作品を提示。彼らはすぐに来日し、住友電工では何ができるのかと、我々の技術に強い興味を示しました。そこから本格的に開発をスタートさせたのです。1152心をおよそ5ヶ月で開発・製造し納品。さらに、3456心の青写真を描いて示していたこともあり、顧客は次に「これが欲しい」と。しかも3456心を納品するまでのインターバルはわずか7ヶ月。通常、数年のスパンを要する中、異次元の開発・製造スピードで、3456心の取り組みは進められました」
「3456心ケーブル」の取り組みを語る上で、理解が必要なのが「リボン(テープとも言う)心線」と「間欠リボン」だ。「リボン心線」とは複数の光ファイバを並行に並べて一括被覆した心線。従来の単心ファイバ心線より実装性に優れ、リボン心線ごとに一括融着接続でき、接続作業時間を大幅に短縮できる。採用されたのは海外で主流の12心リボンにスリット(隙間)を入れた新開発の間欠リボンである。この開発に鈴木と共に取り組んだのが、現在、光通信事業部技術部長を務める天野亜夫だった。
「技術的課題は、伝送特性を維持したまま限られたスペースの中に、高密度に光ファイバをいかに詰め込むか。スリットを入れた間欠リボンは、柔軟性および一括接続時のリボン整列性を両立させることが可能です。この間欠リボンと曲げ強化型光ファイバを採用、さらに中心にテンションメンバ(敷設時に光ファイバに加わる張力を緩和する働きをする)を有する可か撓とうせい性に優れたスロット型構造を組み合わせることで、心線収納密度を飛躍的に向上させました。これらは、試行錯誤の連続の中で、粘り強くかつスピーディに生み出されたものです。その結果、同一外径で従来比2倍の心数、すなわち1.5インチ管で1728心、2.0インチ管で3456心という驚異的な心数収納、世界最高レベルの超多心化を実現しました」
これら開発と並行して、蓄積されたモノづくりの力、すなわち製造の現場力が「異次元のスピード」で発揮された。こうして世界初の3456心は2016年初頭に納品されたのである。
住友電工グループの光ケーブル事業は、従来国内を対象にしていたため、市場の成熟とともに低迷を余儀なくされていた。今回の「超多心ケーブル」の開発、そして新たに海外市場を開拓したことは、「光ケーブル事業」の画期的かつ革新的成果である。前出の光通信事業部長・末森は、3456心収納のケーブルを提示したときに顧客が言った「クレイジー」という言葉をよく覚えている。それは高密度ケーブルを短期間で実現したことへの驚きの言葉であり、最高の誉め言葉だった。
米国のハイパースケール顧客へアプローチしたのが、前出の鈴木が社長を務めるSELである。営業統括の責任者である副社長のバレット・ミルズが指摘するのは、ハイパースケール各社のビジネススピードの速さだ。
「今は、我々と住友電工との強い協力関係による製品開発で、進化し続ける製品の最先端を維持することができています。しかし2年後は顧客ニーズが、マーケットがどうなっているかわかりません。それほど顧客のビジネスは加速度的に進化しています。その中で我々は超多心を切り口に一定のプレゼンスを維持し続けなければならない。そのためには、超多心のみならず、光ファイバ周辺機器も含め、顧客のネットワークに関して包括的なソリューションを提供していくことが求められています。同時に工事業者との関係を強化して顧客へのサポート体制の一層の充実を図っていきたいと考えています」
住友電工が生み出した「超多心光ケーブル」分野は、その後同業他社の追随を受け、厳しい競争の中にある。その中で「一定のプレゼンスを維持」し、クラウド社会を支え続けるために、住友電工グループの次代を見据えた新たな挑戦が始まっている。