現在の4インチウェハーとGaN HEMT(パッケージ)
「GaN HEMT」は、トランジスタ内の電子の発生領域と走行領域を空間的に分離した二層構造を採用した「HEMT」の思想をベースに、電子の発生する層に窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)を、電子が走行する層に窒化ガリウム(GaN)を使う。基板に使われる炭化ケイ素(SiC)は熱伝導率に優れており、トランジスタを動かした時に出る熱を効率的に放熱させる構造だ。このSiCの基板上に、エピタキシーと呼ばれる技術で、GaNおよびAlGaNの単結晶膜を成長させ、最後に電極を付けることで「GaNHEMT」は完成する。
まず課題だったのはSiCが高価であり入手困難だったことだ。エピタキシーによる単結晶膜成長の最適な条件設定も難航した。それらをクリアしても信頼性確保は困難を極めた。耐圧は高い数値を示すものの、電圧をかける通電動作において「GaN HEMT」はもろくも壊れた。原因を探求する中で見えてきたのが、基板であるSiCの品質の問題である。SiC基板メーカーとの密接な連携により基板の品質向上を図るなど、信頼性確保に一丸となって取り組んだ。現在、SEDIの電子デバイス第一開発部で顧客ニーズに応じたトランジスタの設計・開発を担当する八巻史一も、「GaN HEMT」を生み出すことに汗を流したメンバーの一人である。
「歩留まりの悪さをどう改善するか。実績のないものを顧客に採用してもらうためには、確かな品質のものを提供しなければなりません。不良の原因がわからない、答えがない中で答えを見出す作業を続けました。そして我々が開発したのが、独自のスクリーニング技術。不良品を特定して排除する選別法の確立です。モノをつくればいいのではなく、徹底して品質重視の姿勢を貫きました」(八巻)
困難な壁をクリアしつつ開発が進められる一方で、「GaN HEMT」のサンプル提供など、「GaN HEMT」の認知・啓蒙を促す営業活動も並行して開始された。その担当の一人だったのが、現在、SumitomoElectric Asia, Ltd.(香港)の社長を務める桑田展周である。
「GaN HEMTが極めて高い特性を示すことは、使ってみて初めて実感できるものです。多くの顧客の開発者に実際に測定してもらい、GaN HEMTの理解を促す活動を推進しました。また、GaN HEMTは50Vの高電圧で優位性を発揮するデバイスですが、当時基地局電源部品に50V 製品はありませんでした。顧客ではない電源メーカーと敢えて技術交流する中で50V電源を開発・製品化してもらいました。こうしたGaNHEMTの周辺環境を整えながら事業化に向けて営業活動を進めていったのです。さらに重要だったのが、デジタル歪補償技術の導入でした。入力信号に対して増幅器で生じる歪を解消するデジタル歪補償器は基地局において重要な技術であり、通信品質を担保し、低消費電力動作を実現するものです。当時はSi-LDMOS用に最適化されていたため、GaNの特性に適した歪補償の測定例を顧客に提示。それによってGaN HEMTの特性と優位性を理解してもらうことが可能となりました」(桑田)
桑田らの啓蒙・営業活動は国内のみならず、北米、欧州、アジアにまで及んでおり、「GaN HEMT」は当初から世界市場への供給を射程に置いたものだった。こうして2005年にサンプル出荷、2006年量産がスタート、国内では2007年に3G基地局に採用が決定。世界に先駆けて「GaNHEMT」の製品化を成し遂げたのである。
SEDIにおける「GaN HEMT」の開発初期で特徴的だったのが、開発・製造・営業が分業体制ではなく、まさに「ONETEAM」として取り組んだことだった。
「Si-LDMOSに敗戦した悔しい想いと、GaN HEMTを基地局デバイスとして市場に投入して巻き返したいという想いをメンバー全員が共有していました」(桑田)
だが、「世界初」は実現したものの課題を抱えたままの船出だった。歩留まりに改善は見られたが、価格は高くならざるを得なかったのだ。国内では「GaN HEMT」の優れた低消費電力動作に対する認知が進み採用が進んだものの、世界市場は対抗するデバイスである「Si-LDMOS」を依然支持。出荷量は容易に伸びなかった。そうした状況の中でSEDIの技術陣が取り組んだのが徹底した低コスト化だった。