最新鋭の設備と卓越した人間の技が融合し、GaN HEMTがつくられていく(住友電工デバイス・イノベーション(株)山梨事業所)
口径が大きければ1 枚のウェハーから多くのチップを切り出すことが可能となる。量産初期の大きなテーマの一つが、ウェハー大口径化による低コストの実現だった。「GaNHEMT」は2インチのウェハーから量産を開始したが、2007年に3インチ、2011年に4インチでの生産を実現。しかしウェハープロセスは約100工程あり、口径を変えることは装置や材料を改めてすべて組み直す作業を意味する。問題を一つひとつクリアしプロセスの最適化が進められた。この課題に取り組んだメンバーの一人が、現在、SEDI生産技術部に所属する生松均である。
「ウェハープロセスには電極などを形成する表面工程とウェハーを薄層化してチップに切り分ける背面工程があります。基板であるSiCは極めて硬い材料であり、薄層化する技術は世界中のどこにもない。頑強な砥石で強引に研磨することを試みましたが、歩留まりが悪く、加工速度の遅さも問題でした。そこで背面研削メーカーに相談を持ち掛け、画期的な研削技術を完成。加工速度は従来の数十倍を実現し、研削に絡む不良はほぼ発生しなくなりました」(生松)
さらに「GaN HEMT」チップを収容するパッケージの小型化も進めた。現在、SEDI電子デバイス第一開発部に所属する由村典宏も担当の一人だった。
「顧客のコスト要求にいかに応えるか。それがSi-LDMOSトランジスタに勝つための重要な要素でした。パッケージの小型化は、コスト削減に直結します。パッケージ内の回路方式や設計手法を変えることで、小型化に取り組みました。2006年に比べ、現在は4分の1の小型化を実現し、トータルコストを削減しています」(由村)
「GaN HEMT」の低消費電力の優位性により、基地局の価格削減効果も生まれ、次第に市場に浸透していった。採用した通信キャリアが実感した高出力、高速、低消費電力などの特性が市場に認知され、「モンスターデバイス」という声も聞こえ始めた。通信規格が3Gから4Gに移行、必要な周波数帯域幅も拡大し高速大容量の時代を迎えると共に、「GaN HEMT」は急速に市場の支持を集めていった。それは、基地局の「小型化」に寄与したことが大きい。「GaN HEMT」は消費電力が少なく発熱が少ないため、空冷ファンなどの部材が不要となったことから基地局の小型・軽量化を実現させたのだ。これによって基地局の設置が容易となり、設置可能場所も拡大、「RemoteRadio Head」と呼ばれる小型基地局が急増した。さらに、「GaN HEMT」は地上波デジタル放送の送信機にも採用され、スカイツリー放送局にも搭載された。2013年、「GaN HEMT」は海外需要の拡大にともない爆発的に伸長。翌年の2014年には情報通信分野に及ぼしたさまざまな功績に対して、技術経営・イノベーション賞で「文部科学大臣賞」を受賞した。
5G元年といわれる現在、「GaN HEMT」と「Si-LDMOS」は基地局用トランジスタとして市場で激しい競争を繰り広げている。SEDIは基地局用「GaN HEMT」ではトップシェアであり、2019年には「Si-LDMOS」を供給するトップサプライヤに肉薄する。売り上げは極めて順調に推移しているが、決して楽観できる状況にはない。世界の「Si-LDMOS」メーカーは「GaN HEMT」が主流になることを見込み、SEDIを追撃する構えを見せているのだ。その中で差別化を図っていくには「GaN HEMT」自体の進化が求められる。それを担う一人が住友電工の伝送デバイス研究所電子デバイス研究部の眞壁勇夫だ。眞壁は「GaN HEMT」のコア技術である薄膜結晶成長技術の開発に携わっている。
「5G以降の高周波デバイスにおいては、素子の微細化が一段と加速し、その構造に適した結晶の開発が重要となります。現在のGaN HEMTはGaN(窒化ガリウム)とAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)の結晶を重ねて、その接合界面に電子を発生させる構造です。GaNの興味深い点は、A(l アルミニウム)とGa(ガリウム)の比率や膜厚などを制御することでデバイスの振る舞いを大きく変えることが可能だという点です。私のミッションは、特性はもちろん量産性、コスト優位性を満たすまったく新しいGaNHEMT 結晶を追究することです」(眞壁)
眞壁と同じく伝送デバイス研究所5G無線研究部に所属する菊池憲は、「GaNHEMT」チップの動作解析・モデリングを担当している。
「デバイスへの要求は、顧客やアプリケーションによってさまざまです。私はデバイスが実際に基地局で動作する時に想定されるリスクや問題点を抽出し、デバイス開発にフィードバックする役割を担っています。そのための評価・シミュレーション手法の開発が重要な研究トピックです。GaN HEMTのポテンシャルは非常に高く、未だ開発の余地は大きいといえます。結晶成長などの技術開発と製品設計の間を橋渡しすることで、スピード感のあるデバイス開発を追究しています」(菊池)
こうした取り組みと並行して進められているのが、前出の井上が統括するウェハープロセスの開発だ。
「GaN HEMTが高周波数帯に対応するには、プロセスをさらに微細化する必要があります。たとえば電極はナノレベル、AlGaN層、GaN層もより薄いものが求められます。しかし半導体の加工には高エネルギーが必要で、HEMTを微細化・薄層化すると、加工エネルギーによるダメージが問題となってきます。それらの課題をクリアするプロセスを開発しています。我々が見据えているのは、Beyond 5Gの通信技術。周波数帯も28GHz以上のミリ波帯。高周波数帯の利用が拡大していくことは、デバイス自体が薄く細くなっていくことであり、その中でプロセス開発はより重要性を増していきます」(井上)