S-FREE®キャブタイヤケケーブル
かつて電力ケーブル事業の一分野であった産業用電線部門は、対象とする供給先が多岐にわたること、また社会の変化に伴い要請される品質や特性が多様化してきたことなどを受けて分離・独立した。大きなターニングポイントとなったのは2014年のことである。各種産業用電線の中でも、それまで関連会社が担ってきた「キャブタイヤケーブル」および「機器・盤内配線用電線」に着目、住友電工としてブランド化し再スタートを切ったのだ。その背景にあるのは、社会やユーザーニーズの変化だ。そう指摘するのは、住友電工産業電線(株)代表取締役社長の日浦孝久である。
「21世紀に入り、生産性や効率性の向上が今まで以上に要請され、生産現場の変革や技術革新が進んでいます。中でも、キャブタイヤケーブルを採用している作業現場のニーズは多種多様であり、それらのニーズに柔軟かつ迅速に対応できる製品を開発・供給することは、大きなビジネスチャンスであり、住友電工グループの使命であるとも考えました」(日浦)
日浦が言う「作業現場のニーズ」とはどのようなものか。例えば、キャブタイヤケーブルは、過酷な作業現場で用いられる。加えて固定配線ではなく移動用電力供給ケーブルであるため、ケーブル自体が外部からのダメージを受けやすい。したがって、従来、耐摩耗性、耐衝撃性、耐水性、耐熱性、柔軟性、難燃性などの特性が求められてきた。そうした中で、後に「S-FREE®」と命名されるブランド化の取り組みは始まった。
ブランド化において、ユーザーのどのような課題の解決に資する製品を開発すべきか。それをキャッチするのは、市場の最前線でユーザーと密接に関わっている営業担当である。その営業担当を技術の側面からサポートする役割を担っている一人が、産業電線事業部技術部の大見博志だ。大見は日頃から市場動向を分析し、ユーザーとコミュニケーションを取ることで、「真のニーズ」の把握に努めてきた。
「我々は新製品や改良品のヒントを常に探しています。それは当然、ユーザーの課題を解決するものでなければなりません。実際に現場で作業を行う方からのご要望をうかがったり、作業の様子を見学させていただくことで開発のヒントをいただく機会もたくさんあります。また、お客様のご要望も常に同じ内容ではなく、作業環境や作業員の人員構成などによっても変化していると感じています」(大見)
例えば、東日本大震災後、発電所内で使用されるケーブルに要求される基準が高くなった。その高まった基準の一つとして、難燃性が挙げられる。必要となったのは、公的燃焼試験方法の一つである「垂直トレイ燃焼試験」にも合格するキャブタイヤケーブルの被覆(シース)材料開発。シースの材料はCR(クロロプレン)ゴムであるが、引張強度などの材料特性と難燃性を両立するためには、最適な配合バランスを見出す必要があった。こういった開発課題にどういった取り組みを行ったのかをご紹介していきたい。
住友電工グループでは、被覆材料も配合の研究開発から製造までを一貫してグループ内で行っている。これにより使いやすい電線・ケーブルの開発は、導体から被覆材料のすべての部材で検討される。使用される材料は、産業電線分野で使用されている技術や材料だけでなく、さまざまな分野で研究開発される技術も活用されている。
「キャブタイヤケーブルや機器・盤内配線用電線の被覆に使用される材料は高分子複合材料であり、材料開発は配合技術、つまり材料や添加剤などの最適なレシピを生み出すことです。住友電工グループは長年にわたって電力・自動車・情報通信・エレクトロニクスなど各分野で開発を積み重ねてきた技術を礎に高度な配合技術を有しています。それがお客様のニーズに合致した製品を生み出す原動力となっています。もちろんキャブタイヤケーブルの難燃性の向上にもその技術を応用しています」(エネルギー・電子材料研究所 高分子材料技術研究部長・西川信也)
ではさらにS-FREE®ブランドとなるキャブタイヤケーブルや機器・盤内配線用電線には、必要な特性の実現以外にどんな配慮がされているのだろうか?
最近では、電気自動車(EV)の充電用ケーブルにも、キャブタイヤケーブルの技術が応用されている。EV充電用ケーブルは充電コネクタの脱着の繰り返しで、ケーブルがコンクリートなどの硬い地面に引きずられるため、高い耐引きずり性(耐摩耗性)が求められる。しかし、ただ耐摩耗性を上げると一般に材料は硬くなるばかりで、ケーブルは曲げにくくなってしまう。
これらの被覆材料の開発を担ったのが、当社エネルギー・電子材料研究所で高分子材料の研究開発を進めている高分子材料技術研究部。その中心メンバーが電子電気材料グループの藤田太郎と田中成幸である。
「EV充電用ケーブルに求められたのは耐摩耗性ですが、一般の利用者が取り扱うことを考慮するとケーブルの柔軟性に影響する被覆の柔らかさも重要です。しかし、耐摩耗性を向上させると一般に材料は硬くなってしまう。このトレードオフの関係にある特性をバランスよく実現することが肝要です」(藤田)
藤田が着目したのはCRゴムを鉱物系粒子(フィラー)と複合化することだった。フィラーをゴム中に分散させることで、引きずりによるダメージを硬いフィラーに受け持たせ耐摩耗性を向上させた。数多くあるフィラーの中で材料が硬くならない特殊なフィラーを見出して、耐摩耗性と柔らかさを両立する最適なレシピ(配合)を藤田は生み出したのである。
最近では持続可能な社会の実現を目指すSDGsの実現手段の一つとして、環境に配慮したエコケーブルを積極的に採用する企業が増えている。キャブタイヤケーブルにおいても、エコ材料の採用が進んでいるが、一般的にエコ材料は従来の被覆材料と比べて硬いという使いづらさがあった。
「一般のキャブタイヤケーブルに採用されているCRゴムは、万一の火災の際に塩化水素ガスなどの有害ガスが発生してしまいます。エコキャブタイヤケーブルの材料にはオレフィン系合成ゴムであるEP(エチレンプロピレン)ゴムを用い、ハロゲンフリー難燃剤で難燃化すれば求められる難燃性、機械強度などの特性を満たすことができますが、ここでも被覆の柔らかさとの両立が課題となりました」(田中)
田中が着目したのはEPゴムの分子構造だった。ゴムは、大部分が柔らかい非結晶の分子構造から成り、わずかに結晶構造を含んでいる。硬い結晶構造を少なくすれば柔軟性は向上するが強度も下がってしまう。そこでEPゴム分子の鎖を長くし、絡み合いの度合いを多くすることで、機械強度を引き出した。これにより、従来のキャブタイヤケーブルと同等の柔軟性を有する取り扱いやすいエコキャブタイヤケーブルが実現したのである。